7月22日の経済トピックスをお届けします。トルコで現地時間15日夜、軍の一部がクーデターを企て、軍参謀司令本部を占拠するといった事態が発生しました。最終的に未遂となった今回のクーデターは世界経済に与える影響は限定的であったものの、経常収支の改善がみられつつあったトルコを政局面から脅かすという印象を残しました。(8/5更新:ギュレン師に逮捕状)e993f6c94379af699c5b0d9a00318f697b3c13bc

エルドアン大統領の政敵による民主体制への強い不満

クーデターの企てが始まったのは現地時間15日夜(日本時間16日未明)で、反乱分子の首謀者はエルドアン大統領の政敵であるギュレン師(75)でした。

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フェトフッラー・ギュレン師はイスラーム道徳をベースにする市民運動の指導者として知られる

ギュレン師は米国亡命中のイスラム教指導者と言われており、テロを非難し、バチカン市国やいくつかのユダヤ人団体との対話など宗教間の対話をサポートしています。

その基本的な姿勢として「寛容の精神」をうたい、サイド・ヌルスィーによるイスラーム復興運動の流れを組む穏健派と知られていました。

ギュレン師の思想に共鳴する支持者たちによる活動は「ギュレン運動」と呼ばれ、これまで数々の市民運動を展開してきました。

以来このギュレン運動はトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領の支持母体となるなど、かつてはギュレンとエルドアンは協力関係にありましたが、やがてギュレンは反旗を翻します。

彼は2013年末にエルドアン政権に大規模汚職事件の名の下に最初のソフトクーデターを試み、エルドアン側はギュレンが仕掛けたものとして両者の関係は悪化したと言われています。

今回のクーデターの企てもその一派による反体制勢力が一時軍参謀司令本部を占拠する形となり、国営テレビで「全権を掌握した」とする声明を出しました。

動機は民主主義への根深い危惧

反乱軍は国営テレビで今回の企ての動機を「民主主義が現政権によってむしばまれていた」と説明し、さらに「可能な限り早く新しい憲法を準備する」としました。

彼らはトルコ最大の都市イスタンブールや首都アンカラの一部を占拠し、国営放送を通じて全権掌握、戒厳令、夜間外出禁止令の公布を宣言するに至った訳です。

鎮圧には市民も巻き込まれ、治安部隊も含め多大な犠牲が払われる結果に

こうしたギュレン師を長とする軍の反乱勢力は、やがて正規軍の部隊と戦闘状態を迎えることとなり、半日ほど費やして正規軍によって鎮圧され、このクーデターも未遂に終わりました。

トルコのユルドゥルム首相は現地時間16日午後0時半ごろに記者会見し、反乱で市民や治安部隊などの161人が犠牲になり、1,440人が負傷したと発表しました。

さらに軍の反乱勢力側の兵士ら2,839人が拘束されたと述べ、他に反乱勢力側で100人規模での犠牲を確認したとの情報もあり、全体の死傷者数はさらに増える可能性があるとしています。


司法関係者を中心とした身柄拘束へ

地元メディアによると、先のギュレン師による宣言に呼応するかのように、トルコ当局はまず司法関係者の取締りに手を打ちます。

2,745人もの裁判官らの職権を一時停止し、司法関係者10人を拘束するなどして、司法権力からのギュレン派の一掃を狙った動きと目されました。

軍関係者も含めると拘束された数は7,500人を超え、当初懸念されていた軍全体が一枚岩となったクーデターではなく一部勢力による企てであったにせよ、トルコ政局における内政面の陰の部分に反乱要因があったと言えます。

市場も一時急落するものの、その後落ち着きを取り戻す

クーデター未遂事件が起きた15日夜には、トルコ金融市場は既に終了しており、債券・株式などに動きは見られませんでした。

しかし、為替については、上記ニュースを受けて一時対米ドルで3.05トルコ・リラをつけるなど、4.5%超の下落となりました。

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明けた翌16日は既に事態は鎮圧されトルコ・リラは反発して始まりましたが、マーケットはトルコの政治的不透明感が高まったとみて、トルコの10年国債金利は0.6%程度の金利上昇(債券価格の下落)となった他、株式もイスタンブール100種指数で約7%の下落となりました。

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ところがエルドアン大統領は政治基盤を更に強化へ

事件勃発直後はマーケットはネガティブインパクトを受けましたが、その後は世界的な金融市場の混乱までは結び付かず、今回のクーデター未遂事件の影響はかなり限定的なものにとどまったと言えます。

加えてエルドアン大統領は、今回のクーデター未遂事件を自身の政治基盤の更なる強化に活用する模様です。

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エルドラン大統領は宿敵ギュレン師の企てに屈することのない強靭な精神力を示した

また、大統領に対する国民の支持の高さが改めて示されており、短期的には事態の不安定化のリスクは低いと考えられます。

中長期的には、エルドアン大統領がいかにトルコ国内の反対勢力を取り込んで行けるかが鍵となりそうです。

過去3度に渡る軍による権力奪取

実はトルコはこれまで過去3度に渡って、クーデターなどによって軍が権力を奪取するといった局面を迎えています。

トルコは国民の圧倒的多数がイスラム教スンニ派ですが、1923年に共和国として建国し、厳格な政教分離で公の場から宗教色を排除する世俗主義を国是としてきました。

「政教分離」とは・・・国家(政治)と宗教は分離されるべきだとする考え方。この原則は,信教の自由あるいは宗教の自由を保障することを目的とするものである。

トルコ軍ではこうした世俗主義を原則として、「建国の父」と呼ばれるケマル・アタチュルクの思想を尊重する姿勢を取ってきており、過去のクーデターのいずれも内政の混乱を極めた局面において、参謀総長が中心となりトルコ軍全体が結託し政治へ介入したものです。

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ムスタファ・ケマル・アタテュルクは、オスマン帝国の将軍として、トルコ独立戦争とトルコ革命の指導的役割を果たした。

97年には、司法権力とともに親イスラム政権に圧力をかけて退陣させた政変も起きており、今回の司法関係者の拘束も過去の経験が延伸されたものとして捉える見方もあります。

今回の事態は図らずしもエルドアン政権にとって「可能性の1つとして考えられた政治的反乱」であり、それは今後も変わりません。

今後いかにトルコ国内のこうした反対勢力を取り込んでいけるかが、エルドアン大統領率いるAKP政権の政局運営に影響を与えると考えられます。

むしろ政治的安定性の高まりを示す声も

明治安田アセットマネジメントが7月19日に発表した臨時レポートによると、今回のクーデター未遂事件はスピード解決に至り、エルドラン大統領やAKP政権にとってより一層の政治的安定性を増す効果が得られたと指摘しています。

  1. エルドアン大統領率いる与党(AKP)は、昨年6月の総選挙で過半数割れとなり政権の安定性に一時陰りがみえていたものの、その後昨年11月の総選挙で単独過半数を回復した後は、政権基盤の強化が進む流れにあった
  2. 今回のクーデター未遂事件を契機として、エルドアン大統領率いる与党(AKP)にとっての反対勢力の排除が進むとみられ、政権安定化に資すると考えられる。

明治安田アセットマネジメント:臨時レポート

一方海外主要メディアからは、そうした反対勢力の排除はあくまで法に則った行為であることを要求されています。

しかし実際には欧米諸国はトルコに対して外交上「配慮」する要因がいくつか挙げられるとも伝えています。

  1. 第一に、トルコは国内基地を米軍に提供するなど過激派組織「イスラム国」対策で戦略的に重要な要衝であること。
  2. 第二に、EU諸国への難民流入問題のカギを握る要衝でること。

ゆえに仮に反対勢力への排除が苛烈を極めたとしても、このままトルコが国際的に孤立化するリスクは低いと指摘します。

ところがS&P社の見方はより深刻なものだった

沈静化されたトルコ・クーデター未遂事件も過去の歴史のおびただしい出来事の連なりへ早々に埋もれるかのように見えましたが、ここへ来て大手格付会社スタンダード・アンド・プアーズ社(以下、S&P社)は7月20日、トルコの自国通貨建長期債務格付を「BBB-」から「BB+」、外貨建長期債務格付を「BB+」から「BB」へそれぞれ1段階引き下げました。

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今回のクーデター未遂事件を受けて

  1. 国内政治の分裂が深まり、投資環境の悪化や経済成長の低下、資金流入の停滞の可能性があること。
  2. 今後は外貨建の資金調達が難しくなる可能性があること。

を主な理由としています。

今後の見通しもネガティブに

S&P社はトルコ経済の今後の見通しをネガティブ(弱含み)とし、今回のクーデター未遂事件による政治的不透明感の高まりを受けて、予想以上に経済・財政状況の悪化が進む場合や、政府による中央銀行への介入を背景に中央銀行の独立性が弱まる場合にはさらなる格下げを示唆しています。

一部運用会社からは大統領の権限強化に注目する動きも

また日興アセットマネジメントは今回の事態に対して独自の見解をいち早く公表しており、トルコ国内における大統領の権限強化の可能性に含みを持たせています。

今後しばらくは今回の事変に加担した反対勢力への徹底した弾圧が続くと考えられる。

このことが憲法改正を国民投票無しで行える3分の2以上の議席を持ち合わせていない与党AKPにとって、大統領権限の強化を実現するためのはずみを得る機会と捉えられる。

代わる国民投票による過半数の支持を目指し、晴れて実権大統領制を実現するための憲法改正が行えるか、現政権の手腕と国民の意見が注目される。

日興アセットマネジメント:楽読(ラクヨミ)

日興アセットマネジメントによると、トルコリラがトルコの経常赤字の縮小に伴い、安定感を見せ始めていた矢先とのことで、今回のクーデター未遂事件が同国の政治面でのリスク上昇要因になったと指摘します。

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さらに今後もトルコリラを支えるためには、エルドラン大統領やAKP政権にとって、治安の早期回復と観光面や企業・家計におけるモメンタム改善に加え、海外からの投資の流入を促すことが重要になってくるとしています。

【8/5更新】ついにギュレン師に逮捕状

続報です。トルコの裁判所は8月4日、政府が先月のクーデター未遂事件の首謀者と主張するイスラム教指導者・ギュレン師の逮捕状を出しました。

今回の内紛で事前に米国へ逃亡を図っていたギュレン師は、自らは無関係であると主張していました。

しかしトルコ側はこれを是と認めず、トルコ政府はアメリカに身柄の引き渡しを求めています。

一方欧米諸国は強権支配を進めるエルドアン政権に懸念を強めていて、両者の亀裂はさらに深まりそうです。

(編集部より)

トルコと言えば親日派が多く、比較的リーズナブルな価格で渡航できるとして、特にシニア層の間などでは人気の海外旅行先でもありましたが、イスラム国問題で渦中にあるシリアと隣接する点や今回の内紛も考えると、そう安易に行けそうにない治安の暗い陥没を感じます。

筆者の両親もカッパドキアには一度訪れてみたいと言っていましたが、今となっては鮮やかな気球を見るのは地球の歩き方で我慢するしかないかなとぼやいていました。

私の周りではトルコを一度訪れた人の中では土地柄への印象や意見が二分するようで、カルシウムを豊富に含んだセルリアンブルーの石灰棚/パムッカレやそれと同じ色をしたトルコ石にため息をつく人もいれば、飯がまずい、延々と同じような景色の中をバスで移動して疲れた、といったネガティブな意見も耳にします。

いずれにせよこの目で確かめてみないとなんとも言えないところですが、隣国イスタンブールにすらそう簡単には飛べない時代になってきたなと、少し淋しく思います。